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1話 焔屋は今日も火を焚く

【第1話】焔屋は今日も火を焚く

──カン。
──カン、カン。

朝靄(あさもや)に包まれた錬火(れんか)村の山あいに、鉄を打つ音が三度、静かに響いた。
それは誰に告げるでもなく、それでいて、村人すべてが“聞き覚えのある始まりの合図”として受け取る音だった。

「おーい、焔屋が火を入れたぞー!」

通りの向こうから声が飛ぶ。
藁をかぶった老農が腰を伸ばし、炭焼き職人が窯の蓋を開ける。
村の女衆は干し布団を叩き始め、子どもたちはまだ夢の中。

焔屋の火床が動き出せば、村の一日も動き出す。
それがこの村では、もう何年も前から変わらぬ風景だった。

火の音はまだ小さい。カン、カン、と律動よく続くそれは、戦の太鼓でもなければ、警鐘でもない。
鍛冶屋が、今日も鉄と向き合っているだけの、ただの朝の音だった。

火床の奥。
焔は鉄片を持ち上げ、薄く煤けた指でその重さと冷え方を確かめていた。
高く結い上げた黒髪が背で揺れ、炎を背負うような立ち姿には、どこか威厳すら宿っている。
その瞳の奥には、赤い光がわずかに揺れていた。
それは燃えさしの火ではなく、焔にしか“視えない何か”を映しているようだった。

「……これは、まだ使えるな」

囁くように独りごちると、焔は手近にあった小さな槌で軽く鉄片を叩いた。
カン。カンカン。

道具置き場に並ぶ槌は六本。いずれも形も大きさも違うが、不思議と揃った風格を持っていた。

焔屋は、村の北端、木造二階建ての一角にある。
風が吹けば煤の匂いが通りに流れ、煙突から細く立ちのぼる白煙が、今日も変わらぬ日常を知らせていた。

戸を開けて、年配の農夫が姿を見せた。

「おう、焔。こないだの鍬、ええ具合やったわ。助かったで」

「あぁ、急ぎの修理やったしな。次はもうちょい丁寧に使うてな」

「ほいじゃが……南の柵の鉄釘、今にも外れそうでな。ギルドに頼んだら、お前に回るんとちゃうか思て」

「せやな。……忙しいから即対応はできへんけど、手空いたら見に行くわ。ナツメに話通しといて」

農夫は頭をかきながらも、安心した様子で去っていった。

焔は再び火床へと目を向け、今度は古びた草刈り鎌の束を手に取った。

打つ前に、鎌の根元を一つひとつ目で追い、歪みや欠けを指先でなぞっていく。
その様子はまるで、“道具の言い分”を聞いてやっているようだった。

──この村では、焔の槌音が朝を告げる。
頼る声が絶えないのは、火を絶やさず槌を振るう職人の姿を、皆が見てきたからだ。

 

──トントン。

裏口の方から軽やかな足音が近づいてきた。

「焔さん、おはようございます! 入りますねー」

声と同時に戸が開き、えんじ色の羽織ベストを着た少女が顔を覗かせる。
黒髪をサイドポニーにまとめ、笑顔で紙束を手にしていた。

「おはよう、ナツメ。今日も早いな」

「はい、ギルドから朝一番に修理依頼が届きました。ちょっと状態が悪いみたいで……」

焔は手にした布で指を拭いながら、紙束を受け取る。

「ロングソードに弓、ロッドに大盾か。一式やな。……どこかの冒険者?」

「ええ、四人パーティで昨日こちらに到着したばかりだそうです。剣士さんに、タンクの方、それとアーチャーとヒーラーですね」

「クエスト帰りってところか。」

焔は鼻でふっと笑い、紙束ごと作業台に置いた。

「昼までに仕上げといたらええ?」

「助かります、ありがとうございます。ギルドの方には、私から伝えておきますね」

ナツメはそう言ってから、ふと火床を見やった。

「今日の炭、すごく良い色ですね……炎も落ち着いてて、焔さんの火って本当に綺麗です」

「せやろ?今日もええ仕事ができそうや」

ナツメは笑みを浮かべたまま、ぺこりとお辞儀して、再び軽やかに走って戻っていった。

 

一方その頃──
村の中心にある《鋼炎ギルド・錬火支部》。

朝靄がまだ街路を包む頃、ギルドのカウンターに四人の冒険者が腰掛けていた。
旅装のまま、埃まみれの装備。どこかぎこちない歩き方に、手入れの行き届かない武具。
一目で、遠征帰りとわかる。

「装備、もう預けちまったけど……本当に大丈夫なんだよな?」
タンクの男が腕を組みながらぼやいた。

「村じゃ一番の鍛冶屋らしいけどよ。顔も見てねぇし、どんな奴かも知らねぇで預けちまったからさ……オレも不安だよ」
アーチャーが肩をすくめながら言う。

ちょうど武器を届け終えたナツメが、手にした帳簿を閉じながら口を開いた。

「そのお気持ち、分かります。でも、ご安心ください。焔屋は、錬火村ではずっと信頼されてきた鍛冶場なんです」

「ほう。地元じゃ評判なのか」
タンクが片眉を上げた。

ナツメは静かに頷きながら、続ける。
「はい。職人はひとりで切り盛りされてますが、修理でも強化でも、一度頼めば次も必ずお願いされるくらいの腕前でして……。村の人たちの間では、“錬火の至宝”なんて、少し大げさな呼び名もあるくらいなんですよ」

「……至宝ねぇ。まぁ、こっちにゃ呼び名より結果のほうが大事だけどな」
剣士がぼそりと呟いた。

「ええ、その通りだと思います。けれど、焔さんならきっと期待に応えてくださいますよ」
ナツメはやわらかく微笑む。
「ギルドからの依頼も何度もお願いしていますが、仕上がった武具に不満を漏らされた方は、一人もいませんでした。それくらい、確かな腕を持った職人なんです」

「……戻ってきたら、次こそ仕留めないとね」
ヒーラーの女性がぽつりと呟く。

「焦るなよ。まずは装備が戻ってきてからだ」
タンクがそう言ったそのとき、ギルドの外から、かすかに──カン、カン……と、朝の空気を裂く音が届いた。

ナツメはふと窓の外に目をやり、微笑んだ。
「――焔さんなら、必ず応えてくれますよ」

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