夜明け前、ダンジョンの最奥。 そこに現れたのは、黒鉄の鎧をまとった異形の魔物だった。 四肢は人間のようでありながら、顔は仮面のような無機の板に覆われている。 巨大な刃を両手に持ち、無音のまま迫るその姿に、焔は眉をひそめた。
「来るで」
その一言が、戦闘の合図になった。 剣士が前へ踏み込み、斬撃を放つ。 アーチャーが狙撃で援護し、タンクが正面で構え、ヒーラーが後方で支援を始める。
焔は構えず、ただじっと見ていた。 それぞれが、迷いなく動いている。 焔が何か言わずとも、自分の叩いた武器を信じ、振るっていた。
剣の動きは、刃返によって軽く、正確。 弓は癖なくしなり、矢が風のように走る。 盾は衝撃を斜めに逸らし、揺れずに受け止めた。
焔の視界に、武器の“響き”が重なる。 残響視。 それは、鍛冶師の耳と目にしか見えない、武器の“命の音”。
──まだ、持つ。 ──まだ、戦える。
だが。
タンクの盾が、ひび割れた。 刃が、剣士の構えを押し返した。 そして、魔物の両手の刃が、空気を裂いた瞬間──
焔が動いた。
素早く盾を引き取り、千王槌を構える。
「今、叩く!」
ガァンッ!!
一撃。 槌の音が、火床もない戦場に響く。 斬られかけていた盾が、刃の衝撃を受け止め、揺れずに踏みとどまった。
アーチャーが一歩前に出て、矢を放つ。 ヒーラーが魔力を注ぎ、回復が間に合う。 剣士が剣を振り上げる。
「いけッ!!」
剣が、魔物の仮面を割った。 砕けた破片が飛び散り、魔物が断末魔の叫びをあげて崩れる。
静寂。
焔は、ゆっくりと千王槌を降ろした。
「──終わり、やな」
誰も、武器の状態を確認しなかった。 誰も、焔に「大丈夫か」とも聞かなかった。
全員が、“焔の武器なら大丈夫”だと信じていた。 それが、当たり前になっていた。
焔は、満足げに頷き、小さく笑った。
──魂を打つ。 その意味を、ようやく全員が理解し始めていた。