焔は、戻ってきた仲間たちの顔を一人ひとり見渡し、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……おかえり。どうやった?」
誰かが口を開くより先に、タンクの男が袋をどさっと台の上に置く。
中には、指定された素材のほかにも、いくつか見慣れない金属片が混じっていた。
「指定のは揃えた。けど、途中で妙に光る鉱石があってな……使えそうやったから拾っといた」
焔は袋を覗き込み、目を細める。
「……“轟鉄”に“緋鎧鉱”。ほう、それに“陽鋼”まで混ざっとる。上等や」
素材を一つひとつ指先で転がし、重みと質感を確かめていく。
「弓の強化用やったら、陽鋼はぴったりやな。軽さと弾性、どっちも活かせるし」
アーチャーが思わず身を乗り出す。
「マジか。ってことは……もう強化、できるんだな?」
焔はちらりと視線を返した。
「あぁ、出来るで。せやけど……“どこをどう伸ばしたいか”は、あんたらに聞かんと分からんけどな」
その言葉に、少し空気が張り詰める。
ヒーラーが、不安げに小さく口を開いた。
「……でも、修理はできても、強化って……本当に、うまくいくんですか?」
剣士も剣を見つめながら、ぽつりと続けた。
「今は直ってるけど、次、また折れたりしたらって思うと……さすがに、な」
焔は神槌を棚に戻し、静かに答えた。
「“直す”んと、“強くする”んは別もんや。せやけど、ウチはどっちもやる。それが“ガウリ鍛冶”やからな」
アーチャーが、やや警戒を込めて尋ねる。
「ガウリ鍛冶?……それ、ホントに信じて良いのか? 」
焔は、目を細めて静かに言う。
「……信じるも疑うも、あんたの自由や。
けどウチは、嘘も誤魔化しもせぇへん。」
彼女の声に、妙な説得力があった。
数秒の沈黙。
ナツメがやわらかく笑って言った。
「……焔さんは、そういう人なんです。安心してください。ちゃんと、向き合ってくれますから」
ヒーラーが、ほんの少し口元を緩めた。
「……わかりました。私も、相談させてください」
「俺も、お願いしたい。せっかく素材集めてきたんだ。無駄にしたくない」
アーチャーと剣士が続く。
焔は静かに頷いた。
「──よっしゃ。ほな、本題に入ろか」
《説明パート》
焔が武器の状態を診て、素材も揃ったことで、いよいよ強化が始まる。
焔は四人を見渡し、静かに口を開いた。
「最初にアンタらの装備を直したときにな、ちょっと気になったことがあってな。
そこに加えて、各自の希望にも添える形で強化する。説明するわ」
焔は剣を手に取り、剣士に向き直った。
焔「アンタの剣な、斬るときに力がちょっと散ってもうてる。
芯の流れがズレてて、刃先にうまく伝わってへんのや」
剣士「……それ、見ただけで分かるのか?」
焔「叩いた音でな。響きが乱れとった。斬ってるつもりで、刃が撫でとるだけになるパターンや」
焔は神槌の柄を軽く指でなぞると、続けた。
焔「斬導を入れることで、芯の流れを整えて、力を逃がさんようにする。“斬る”が軽ぅなるで。
それに加えて“刃返”も施す。斬ったときの振動で刃が勝手に研がれる仕掛けや。手入れ、ほとんど要らんようになる」
剣士「……聞いたこともねぇな。刃が勝手に研がれるなんて、そんな加工ありえるのか?」
焔はにやっと笑い、神槌を肩に担ぐ。
焔「まぁ、神槌があるからできるこっちゃな。任しとき」
焔は弓を手に取り、アーチャーと目を合わせた。
「アンタの弓には、“弦整”と“癖直し”を入れるで」
「……弦整?」
「弓の撓み、ちょっと偏っとった。右と左で張力に差がある。
引いたとき、微妙に力が流れてしもてる。まっすぐ撃ってるつもりでも、わずかに逸れてたはずや」
アーチャーは、少し眉をひそめる。
「……いや、そんな感覚なかったけどな?」
焔はにやりと笑って、弓を軽く持ち上げた。
「せやろな。けど、“整えた後”やと分かる。構えた瞬間に、“あれ?”ってなるから」
アーチャーは小さく息を吐き、苦笑いした。
焔は続ける。
「もうひとつ、“癖直し”も入れる。
アンタの構えに合うように、弓のほうをちょっとだけいじる。
馴染みが良ぅなって、構え直しの無駄も減るで」
「……弓の方を、使い手に合わせるってことか?」
「せやな。普通は“使う側が合わせる”もんやけど、
逆に、弓の方からちょっと歩み寄らせる感じやな」
「なるほどな……楽しみにしとくぜ」
焔は、盾を抱えたタンクに向き直る。
「アンタの盾には、“斜導”と“傾芯”を入れるで」
「……それは、どういう効果があるんだ?」
「あぁ。斜導は、ぶつかった衝撃を正面で受けずに、斜めに流す仕掛け。
傾芯は、芯をちょっとズラして、構えたときの揺れを抑える構造や。
構えた瞬間に、“あ、これや”って分かると思うで」
「そんな強化、初めて聞いた。盾ってのは、分厚くて重ければいいと思ってた。」
焔は軽く笑って、盾を指先で弾く。
「そやけどな、“守る”っちゅうのはただ分厚いだけやあらへん。
ちゃんと“受け止められる”形にしたる。
重さはそのままでも、扱いやすさは段違いやで」
タンクは真剣な表情でうなずいた。
最後にロッドを手に取り、焔は静かにヒーラーを見やった。
「アンタのロッドには、“導刻”を入れる。
芯に通っとる導管が焼けててな。魔力、ちゃんと通りきれてへんかった。
そこを刻み直して、流れをスムーズに整える。
……ウチができるんは、そこまでや。
魔力の扱いは、そっちの仕事やからな」
ヒーラーは、わずかに目を見開いてから、ふっと息をついた。
「……構造だけでも、かなり助かります。正直、昨日の詠唱、ずっと乱れてましたから」
焔は無言でうなずき、ロッドを火床の横にそっと置いた。
焔は改めて四人を見渡し、問いかけた。
「──強化の内容はこんな感じやけど、どう?」
静かな間があったあと、アーチャーが息を吐く。
「……聞いたこともない加工ばっかで、正直ピンとこない。
でも、あの剣と盾を見たとき、これは本物だと思った。使えば分かるって、あれは間違いない。」
タンクが深く頷いた。
「正直、こんな短時間であそこまで直るなんて思ってなかった。
あの仕上がりを見たら、もう疑う理由はない。
……強化まで入ったら、どこまで変わるんだろうな。楽しみだ」
剣士は無言のまま、剣を見つめる。その手に、わずかに力が入った。
ヒーラーがそっと仲間たちを見て、ふっと笑う。
「……うん。あたしも、任せたい。」
四人の視線が、焔へと集まる。
焔はにやりと笑い、神槌を肩から下ろす。
「──よっしゃ。ほんならウチに任しとき」
その瞬間、工房の空気が、火床の奥からじわりと熱を帯びてゆく。
《強化パート(ナレーション+擬音)》
焔は、棚に並ぶ六本の槌を一つひとつ見渡した。
どれも、ただの鍛冶槌ではない。
長い時を経て魂を宿し、意志を持つ“付喪神憑き”――神槌(かみづち)。
それは、素材を叩くための道具ではない。
物に刻まれた“限界”そのものに干渉する、異質な存在。
物理法則を越えて、構造や流れを“本来のあるべき姿”に引き戻す。
素材の欠片ひとつから、砕けた武器を蘇らせる異端の鍛冶――通称、《ガウリ鍛冶》。
槌を一振りするだけで、破損は音もなく“解け”、元の形に戻っていく。
打ち手の意志と、神槌に宿る理が重なったときだけ成り立つ、“物の理”を超えた仕事だ。
焔は無言のまま、一本の槌に手を伸ばす。
鈍く銀の光を放つ槌。柄には禍々しさを感じさせる刻印が浮かんでいた。
――千王槌。
火床の神をその芯に宿す、神槌の中でも異質な存在。
武器に刻まれた“限界”を打ち砕き、素材そのものの常識を書き換える。
焔は千王を携え、火床の前に歩を進める。
そして、静かに作業を始めた。
ゴォ……ッ、パチ……パチ……
火が呼吸するように明滅し、炭が小さく弾ける。
──剣。
芯がわずかにねじれ、力の流れが逸れていた。
焔が指先で重心を探り、千王槌がわずかに熱を帯びる。
次の瞬間――
ガァン……ッ!!
鈍い衝撃音が工房に響いた。
芯に、音が染みる。
ガン……ガァン……ッ! ガァンッ……!
打つたびに、刃の“流れ”が修正されていく。
削るのでも、叩き潰すのでもない。内側から“正す”というべき打ち方。
やがて、“刃返”の加工に入る。
波紋を描くように細かく打ち込み、焼きと冷却を重ねながら微調整が続く。
チィ……ン……カンッ……トン……トン……
剣の“音”が、確かに変わっていく。
──弓。
焔が弦を外し、焼き入れした指で反発を調律する。
ピン……チチ……キィ……
弦楽器のような音が響く。
構えに合わせ、歪みを修正。撓みの偏りを、一本の線へと整えていく。
クキ……ピチ……ピシッ……!
──盾。
構造を組み直し、リブを追加して重心を調整。
斜めに衝撃を逃す構造、“斜導”を骨格に埋め込む。
ガギン……ゴキィ……ガガァンッ!!
盾全体の芯がわずかに傾き、受け止めた衝撃が流れるように変わっていく。
──ロッド。
焔が魔力を通しながら、焼き切れた導管を焼き直していく。
フウゥゥ……ン……パチ……シュゥゥ……
穏やかに流れ込む魔力が、刻み直された導線に沿って再び巡る。
細かなルーンが浮かび、魔法のルートが形を成す。
そして――
最後のひと打ちを終え、焔は静かに槌を置いた。
炭が**パチ……**と小さく弾ける音を残し、火床の炎が落ち着いていく。
静寂のなかで、焔はただ一歩、後ろへ退いた。
その目は、作業を終えた武器たちに向けられている。
一振りごとに込めたのは、素材でも魔力でもない。
ただ、“在るべき姿”を呼び戻す意志だった。