火床の熱が落ち着いた工房で、焔は神槌を静かに置いた。
剣、弓、盾、ロッド――並べられた装備は、わずかに熱を残しながらも、どれもがまるで生きているように輝いていた。
パーティの四人がその仕上がりを見つめている。
言葉はなかった。ただ、視線の奥にはそれぞれの想いが揺れていた。
確かな手応え。
高まる期待。
そして……微かな迷い。
焔はそれぞれの装備を手に取り、一つずつ差し出した。
「──さあ、持って行き」
剣士は剣を受け取り、無言のまま刃に目を落とす。
その指先が、ごくわずかに震えていた。
アーチャーは弓を背に回し、弦の張りに指を添えた。
タンクは盾を構えて構えを確かめ、ヒーラーはそっと魔力を通して目を閉じた。
感触は、間違いなく“違う”。
だが、誰もすぐには動けなかった。
今の自分に――これを扱い切れるのか。
それを問いかける沈黙が、空気を締めつけていた。
焔はその空気を、じっと見ていた。
そして、言った。
「……怖いんやったら、やめとき」
静かで、けれど芯のある声だった。
「いくら強化しても、武器は所詮、道具や。
扱うもんに迷いがあったら、ホンマの力は発揮できん。
ビビったまま持ってっても、勝てるもんも勝てへん。
そいつが泣く前に、置いていったほうがマシや」
責めるでも、突き放すでもない。
ただ“真実”を、そのまま伝える声音だった。
しばらくの沈黙のあと――アーチャーが前に出た。
弓を背に、静かに頷く。
「……使わせてもらう。俺の手で、証明してみせる」
タンクがニッと笑って盾を担ぎ上げる。
「だったら俺も、壊さずに通してみせるさ。前とは違うってとこ、見せるだけだ」
剣士は無言のまま剣を背負い直し、ヒーラーが小さく息を整えて言った。
「焔さん、また……戻ってきます」
焔はその様子を見渡し、わずかに口角を上げた。
「──ま、せいぜい頑張りぃや」
そうして、四人はふたたび出発する。
今度こそ、勝つために。
ダンジョンの入り口に立つ四人の顔には、緊張と自信が入り混じっていた。
前回、苦汁を舐めたこの地に、ふたたび足を踏み入れる――その重さは、言葉にせずとも共有されている。
「……さて。おかわり、いこか」
アーチャーの軽口に、タンクがふっと笑ってうなずいた。
「一気に終わらせるぞ」
そうして再突入。
入り口近くにいた魔獣たちは、あっけないほど簡単に蹴散らされた。
剣士の一太刀が風を裂き、ゴブリンの鎧ごと胴を断ち割る。
アーチャーの矢は正確無比に喉を撃ち抜き、連射の精度と速度が段違いだった。
タンクの構えは揺るがず、押し寄せる相手の攻撃を受け流しても体勢が崩れない。
ヒーラーの詠唱も早く、術の発動までが滑らかに繋がっていた。
「マジで当たるな……! 弓ってここまで正直だったっけ?」
「構えが崩れねぇ。押し返されても身体が残る」
「振ったときの音が違う。刃の流れが綺麗だ……」
それぞれが口にするのは、驚きと確信。
ただの修理や調整じゃない。
焔が施した“強化”は、確かに武器を生まれ変わらせていた。
しばらく進むと、石柱に囲まれた広間に出る。
中央には、一体の大型ゴブリン――金属の仮面と棍棒を持った、準中ボス級の個体が陣取っていた。
剣士が前に出る。
その動きに迷いはない。
「……行く」
宣言と同時に駆け出し、一閃。
ゴブリンが棍棒を振り下ろす前に、剣がその肩口を裂いた。
「──効いてる! 通るぞ!」
すかさずアーチャーが援護射撃。タンクが横から詰め、ヒーラーが支援を重ねる。
連携はスムーズで、攻撃も防御も淀みない。
以前ならじりじり削り合っていた相手を、今回は一方的に圧倒していた。
「やれる……今なら、勝てる!」
誰の口からともなく、そんな言葉が漏れる。
武器が違う。身体が違う。
でも、それ以上に「信じられる何か」が、自分たちの中に根付いていた。
焔が言った言葉がよみがえる。
──扱うもんに迷いがあったら、ホンマの力は発揮できん。
いまの彼らは、迷っていない。
そして――数分後。
中ボス級のゴブリンが、地面に大の字で崩れ落ちた。
決着は、あっけないほどだった。
「……ホントに壊れねぇな。全くブレなかったぜ」
タンクが構えを解き、軽く拳を握る。
「試すまでは不安だったけど……これは、本物だ」
ヒーラーがうなずき、そっとロッドを撫でた。
「焔さん、すごい……」
誰もが、確信していた。
この装備なら、次こそ──あのボスに届く。
四人は、ひとつ息を整えると、さらに奥へと進んでいく。
まだ終わりじゃない。
勝負は、ここからだ。
ダンジョンの最深部に近づくにつれ、空気が変わった。 湿気に混じる、鉄と血の匂い。耳鳴りのように響く呻き声と、濁った笑い声。
広間へと続く通路を抜けた先――
そこには、地獄が広がっていた。
砕けた木箱と散乱した食料。 引き裂かれた布と鎖。 逃げ場を失い、怯えながら壁際に追い込まれた人々。
捕らえられた女性たちは痩せ細り、服はボロボロ。 泣き声すら出ないほど衰弱していた。
その中心に、奴はいた。
ゴブリンの中でも異様な体躯―― 前回、パーティを壊滅寸前にまで追い込んだ“王”が、玉座のような岩に腰かけていた。
ゴブリンキング。
青黒い皮膚。 脂ぎった腹を揺らしながら、片手で骨付き肉をしゃぶり、もう片手には血の滲む棍棒をぶら下げている。 その眼だけは、前回と違った。
こちらを見て、笑っている。
「……こいつ、覚えてやがる」
タンクが唾を飲み込み、無意識に盾を握る力が強まる。
「当たり前だよ。逃げた相手の顔なんて、忘れるわけない」
アーチャーが矢を一本つまみながら、目を細めた。
「でも……俺たちも、忘れてない」
ヒーラーが呟いたその言葉に、全員の視線が重なる。
剣士は無言で一歩前へ出た。 鞘から抜かれた剣は、焔の手で再び命を得た“あの刃”だ。
その背に、四人の覚悟があった。
――今度こそ、勝つ。
雑魚のゴブリンたちが、キングの周囲でザワつき始める。 こちらの接近に気付き、武器を手にチリチリと包囲を組み始めた。
「まずは雑魚処理だ。分かってるな、みんな」
剣士の声に、誰も返事はしない。 返すまでもなく、やるべきことは決まっている。
剣が、弓が、盾が、魔力が。 焔の火床で鍛えられた“信頼”が、今、ここに臨戦態勢として整う。
地鳴りのようなゴブリンキングの咆哮が、場を割った。
静寂が、終わる。
――そして、最後の一体が倒れたとき
ゴブリンキングが、ゆっくりと立ち上がった。
玉座のような岩を背に、獣のような呼吸を吐く。
血に濡れた棍棒が、地面を叩いて揺らす。
タンク『来るぞ!!』
その瞬間、キングが咆哮した。
空気ごと震わす“圧”に、思わず耳を塞ぎそうになる。
──だが、誰も怯まなかった。
キングが跳んだ。
巨体とは思えぬ速度で、真っ直ぐ剣士へ。
「っ!」
来ると分かっていても、速い。
棍棒が唸りを上げ、斜め上から叩き潰す構え。
前回、剣士が吹き飛ばされた一撃だった。
だが今回は──
剣士は刃を構えず、わずかに身を捻るだけ。
踏み込みのタイミングを見切って、滑るように一歩後ろへ。
棍棒は空を切り、地面に叩きつけられる。
砂煙の向こう、剣士が一言だけ呟いた。
剣士「……遅えよ」
次の瞬間、反撃の刃が閃く。
踏み込み一閃、キングの胸元を狙った斬撃が鋭く走る。
先に通した“導刻”の矢が切っ先を導き、刃は正確に裂け目へと届いた。
――ザクリ。
重い手応えと、鮮血の飛沫。
キングが大きく仰け反り、苦悶の咆哮を上げる。
そのままタンクが追撃に走る。
両手で盾を構え、全力でぶつけるように突き出す。
タンク「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
咆哮とも怒号ともつかぬ声が響く。
その魂ごと叩き込む一撃が、キングをぐらつかせる。
すかさず、アーチャーの矢が連続で放たれる。
二の矢、三の矢。的確に弱点を撃ち抜き、巨体を釘付けにする。
最後に、ヒーラーの魔力が凝縮される。
術式が光となって収束し、裂け目に――叩き込まれる。
爆ぜる閃光。
ゴブリンキングの体が震え、膝をつき、崩れ落ちた。
ドォン……と響く音とともに、戦場が静寂に包まれる。
誰も、すぐには言葉を発しなかった。
ただ、四人の荒い息づかいだけが、そこにあった。
――勝った。
今度こそ、本当に。
崩れ落ちるように、ゴブリンキングが膝をつく。
そのまま、巨体が地響きとともに倒れた。
ドォン……と響く音とともに、戦場が静寂に包まれる。
数秒の沈黙──誰もがその場に立ち尽くしていた。
そして──
剣士「よっっっっっっっっっっっしゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
タンク「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
アーチャー「勝った……!勝ったぁあああああああああ!!!」
ヒーラー「やった、やったよおおおおおおお!!!」
叫びが重なる。
喉が枯れようが、関係ない。
心からの雄叫びが、洞窟の奥に響き渡った。
拳を突き上げ、地面を蹴り、肩をぶつけ合いながら――
四人は、ただ全力で、勝利の喜びをぶちまけていた。
悔しさも、恐怖も、全部ひっくるめて。
その叫びが、確かに“乗り越えた”ことを証明していた。
推敲前
以前撤退したダンジョンの入り口に立ち、四人は一瞬だけ空気を整えた。
新しい装備の感触を確かめながら、各自が軽く準備運動を済ませる。
「……さて。おかわり、いこか」
アーチャーの軽口に、タンクが笑う。
「一気に終わらせるぞ」
そして再突入。
入り口近くの魔獣たちは、あっけないほど簡単に討伐された。
強化された武器の威力と扱いやすさは、明らかにこれまでとは段違いだった。
「マジで当たるな……! 弓ってここまで正直だったっけ?」 「構えが崩れねぇ。押し返されても身体が残る」 「振ったときの音が違う。刃の流れが綺麗だ……」
パーティが順調に進むなか、ある中ボス級の敵を前にして、剣士の一太刀が深く入った──かに見えた次の瞬間。
バキッ。
剣の一部がわずかに欠けた。
「っ……!? ウソだろ、あの加工が……」
その瞬間、焔の言葉がよみがえる。
──素材の限界、打ち破っただけや。 ──せやけど、“壊れへん”言うた覚えはないで?
剣士は一歩引き、剣を確認する。
「……まだいける、でも、このままじゃまずい」
そして、次の瞬間。
「下がって!」
ヒーラーの声と同時に、背後の影からもう一体、魔獣が飛び出す。
タンクが迎撃に出ようとしたが、間に合わない。
そのとき──
ガァンッ!!
鈍い一撃音が響いた。
魔獣の足元に、なぜか槌が叩き込まれていた。
「……焔!? ここに……!」
焔が、戦場に立っていた。
千王槌を片手に、すでに剣士の元に近づいている。
「立っとき。ウチが見る」
剣を手に取り、わずかに欠けた部分に触れる。
「……まだ響きは残っとる。ギリギリやな」
次の瞬間──再び槌が振り下ろされた。
ガァン……ッ
音もなく、欠けた剣がそのままの形に戻っていく。
「即時修復……!?」
驚くパーティの視線の中、焔は剣を返す。
「壊れることはある。けど、ウチが見てる限り、壊れたままにはさせへん」
そして、振り返ることなく告げた。
「続け」